我々は、細胞移動現象に基づく、大脳皮質の形成の解明を進めていますが、その過程で、より一般的な原理を明らかにすることができました。特異な系での研究が普遍的にも展開できた一例と考えています。
方向性をもった細胞移動(directed
migration)は、発生・がん転移や炎症反応など生体現象のさまざまな局面で重要です。それ故、その分子機構の解明とその成果に基づく細胞移動制御は生体現象の理解および病態解明や疾患の新たな治療法の開発に重要とされ、世界で広く精力的に研究が進められています。
方向性をもって移動する細胞の移動先端には葉状仮足(ラメリポディア)が存在し、細胞の移動に必須のmachineryとして働くことはよく知られています。その内部は、互いにクロスリンクもしくは分岐したアクチン線維で裏打ちされており、集団としてのアクチン線維網がダイナミックに制御され、内部から葉状仮足の構造を支え、押し出し、力となってその伸展を実現しています。なかでもフィラミンAはアクチン線維をクロスリンクさせる働きを持ち、アクチン線維網を構成し制御する重要な分子と考えられています。また、アクチン線維は重合と脱重合を繰り返していますが、特に細胞膜直下で重合が進む(アクチン線維が伸びる)ことが知られています。
我々は、神経細胞の移動を研究する過程で、フィラミンAに結合し、その細胞内局在を支配する分子LL5βを同定しました。LL5βは、細胞膜上のリン脂質フォスファチジルイノシトール3リン酸(PI(3,4,5)P3)に高い特異性をもって結合する領域(PH
domain)を有する分子です。それ故、LL5βはフィラミンAをPI(3,4,5)P3が豊富な細胞内部位にリクルートします。一方、方向性をもった移動細胞では、一般にその移動先端にPI(3,4,5)P3が集積し、細胞内に極性をもたらし、極性をもった細胞内情報伝達のハブとして働いています。以上より、我々はLL5βの機能に対して次の仮説を立てました。
「方向性をもった移動細胞では、移動先端にPI(3,4,5)P3が集積し、LL5βはフィラミンA
を移動先端の膜直下に局在させ、それ故フィラミンAは細胞膜直下で重合されたばかりのアクチン線維をクロスリンクさせる。アクチン線維のクロスリンクは、葉状仮足の内部の裏打ち構造であるので、最終的に移動先端方向に、しっかりした葉状仮足が生じ、方向性をもった移動に有用である。」
我々は、この仮説を証明しましたが、同時に、LL5βを含む分子クラスターには、PI(3,4,5)P3の脱リン酸化酵素の一つである、SHIP2が含まれていることも見出しました。そのため、移動先端では、PI(3,4,5)P3がより限局して存在でき、より方向性が明確に細胞に伝達されることが分かりました。これは、一般的な方向性をもった細胞移動の制御に関わる新たな仕組みであると考えています(Takabayashi
et al., J. Biol. Chem. ,2010)。